母猫

     

母猫の逞しさ


長年野良猫と付き合ってきてつくづく思うのは、母猫の強さである。
 
動物にも個体それぞれに性格があって、ひとくちに猫と言っても性格は様々だ。野良猫の場合、穏やか系の母猫は子育てに苦労する。と言おうか、育てられないことが多い。
 
観察する限り、母猫が逞しい性格で頑張って子育てに励んでも、環境が厳しいため、生後3カ月以内に死ぬケースが圧倒的に多い。豪雨の多い雨季や、猫嫌い人間が多い地区、ヘビが多い地区に生きる母猫にとっては、出産&子育ては過酷な試練である。
 
幸い、我輩がエサをあげる地域は猫好きな人々が多く、野良猫にとっては比較的環境に恵まれていると言えるが、それでも猫の肢を切断したり虐殺する不届きな輩もいる。
 
人為的災害だけでなく、雨季も子育てにとっては苦労の種である。1年中暑いから、冬の厳しさはないものの、コンクリートジャングルの都会の片隅で細々と子供を育てる母の身にとって、雨季は辛い。
 
人間の目に触れることがほとんどない排水溝で育てる母猫も多いが、排水溝の中は雨が降った途端に水浸しになり、非力な子猫は流されてしまうことになる。母猫が気づかぬうちに。
 
都市国家とは言え、ヘビも天敵である。もっとも、ヘビのことはあながち責められない。元来、自然が多く残る地域に生息していたヘビたちは、開発の嵐に追われ、エサを求めて排水溝を伝い中心部にまで進出しているのである。
 
街中を歩いていてヘビに出くわす危険はまずないが、思わぬ土中に潜んでいることもある。目撃したことはないが、我輩のエサやり地区の1つもヘビ生息地である。この地区で複数の子猫が突然姿を消した場合は……ヘビの犠牲になった可能性が高い。
 
★豆サイズのマメ出現
 
数年前のある雨の日、赤ちゃん猫の鳴き声を耳にした。見ると、ヨボヨボした足取りの超ミニミニサイズ猫が、とある店先で懸命に店内に入ろうとしている。まだ手の平サイズのミニミニ猫である。母猫の姿は見えない。
 
それを、インド人のおじちゃんが、やんわりと足蹴にしているのである。このおじちゃんは、南インドから出稼ぎに来ていた人で、決して意地悪な人ではないのだが、猫は余り好きではなかったのだろう。いかにも「ウチに入られちゃ困る」っちゅう感じで、しきりに足蹴にしていた。
 
当時、我輩は既に野良猫を何匹も拾っていたので、心を鬼にしてその場を去ろうと思ったのだが、おじちゃんの足にすがるようにしているミニミニ猫から目が離せず、数分間その場にたたずんだ。母猫の登場を待ったが、母らしき姿は一向に見えない。
 
結局、どーしても見捨てることが出来ず、後先を考えずに職場へ連れ帰った。
 
仕事帰りに動物病院に連れていくと、推定生後2週間。獣医サンいわく「恐らく排水溝の中で育てられていたんだろうね。雨の日は、排水溝から赤ちゃん猫が流されるケースが多いんだよ。かわいそうに……。まだ母乳が必要な時期だから、栄養価の高い赤ちゃん専用ミルクを与えなさい」。
病院の好意により、診察代はタダにしてもらい、ミルクを買って帰宅した。
 
入浴させてノミ駆除をし、「おみゃ〜も疲れたろう」とミルクを作って与えると、困ったことに1滴も飲まない。 母が恋しいのか、と思いつつ、なだめすかして授乳を試みるも不成功。母不在では、育たないかもしれない。不安がよぎった。
 
小さいがゆえに、“マメ”と名づけたその猫は、翌日もミルクを一切飲まず、「このままでは餓死してしまう」と焦ることしきり。「まさか、まだ食べられないよね」と言いつつ、成猫用缶フードを開けてみると……げっ、驚くほどガツガツ食べるではにゃいか。
 
きっと、マメにしてみれば、「ミルクなんてチチくせいもん、飲めるかっちゅうのっ!」ということだったのかもしれない。
 
とにかく、獣医サンに「エサが食べられるようになるまで、まだ2週間ぐらいかかりますよ」と言われたマメは、ミルクを無視し、ひたすら成猫食をモリモリ食べて、あっという間におやじ猫に成長した。
 
「“マメ“なんて名づけるんじゃなかった」と思った時は、既に後の祭りだった。マメの母親が息子の成長を目にしたら、きっと喜んでくれただろうと思う。
 
★健気な母猫たち
 
5年前に出会ったミケは、特別気が強い猫ではなかったが、懸命に子育てに励む健気な母猫だった。ある日、6匹もの赤ちゃんを出産したのだが、あいにく季節が雨季の直前だった。
 
自宅からペット用ケージを持ち出し、母子の仮の宿として提供したのだが、なにぶんにも人目に触れる都会の路地ゆえ、誰が持ち去るかわからない。「持ち去り禁止」の張り紙をしておいたが、ほぼ1時間置きに様子を見に行く羽目になった。
 
雨が降ると、ケージの中にまで水が入り込んでくるので、少しでも濡れないようにと、ケージの底に新聞紙やタオルを厚く敷いた。母と子計7匹でうずくまるようにして雨と寒さをしのぎ、1日1日を懸命に過ごしていた。
 
やがて、子猫の1匹が事故死し、また1匹、1匹と姿を消していった。最後に2匹残り、そのうち1匹は片目が盲目ながらも生きながらえた。
 
そうこうするうちに、母猫ミケが再び妊娠した。避妊を考えていたので、「えっ、またオメデタ?」と焦ってしまったが、仕方がない。こーなったら、次の出産を終え、子育てがひと段落してから母猫を動物病院へ連れて行こうと決めた。
 
2匹残ったくだんの子猫も、いつの間にか姿を消してしまった。そして母猫ミケもある日、忽然と姿を消した。大きなお腹を抱えた身で。
 
その後、母猫ミケの姿を再び見ることはない。きっと、「これ以上、同じ場所で同じ人間に面倒をかけたくない」というミケなりの心づもりがあって姿を消したのだと勝手に信じている。
 
母猫ミケ以外にも、律儀な母猫シロクロに出会ったことがある。母猫シロクロも一度6匹の出産を終え、こちらが何かと面倒を見ているうちに、次なるオメデタに突入(サイクルが早いんだよね、ホントに)。「よっしゃ、また任しときっ!」と覚悟したのだが、いつの間にかこの母猫も、妊娠中にひっそりと姿を消してしまった。
 
モノの本や動物ドキュメンタリーTVなどでは、「母猫は子猫に狩りを教えた後、子供に縄張りを残し、次回妊娠すると姿を消す」というが、我輩が観察する限り、都会のシンガポールに生きるノラは少々違う。母猫が何回妊娠しても、親子でしっかり同じ縄張りで生きている母子猫(尤も生き延びられる子猫は滅多にいない)、あるいは母の縄張りを去る子猫の方が多いように感じる。
 
何にせよ、母猫のミケにしろ、シロクロにしろ、どこかで元気で生きていてほしい。ずっとそう願っている。
 
ちなみに、母猫シロクロが生んだ6匹の子猫は、全員風邪をひいて衰弱していたため、たまりかねて拾った。
 
そのうちの1匹は拾った晩に他界、2匹は知人宅の養子となり、残り3匹は今も元気に我が家を闊歩している。ノー天気な彼らを見ていると、親の心子知らずとはよく言ったものよ、と思わずにはいられない。
 
                
 
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 子「母チャン、あの猫、イケメン!」
 母「にゃににゃに……」
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