入院看病記☆悪性リンパ腫闘病記

     

入院看病記

 
 悪性リンパ腫が進行してしまった父は2006年5月10日、それまで受診していた大学病院から
 徒歩圏内にある私立病院に緊急入院しました。
 
 父が入院している間、アホな私には「末期がん(←好きな言葉じゃありませんが、他に適切な
 表現を思いつかないので…)患者を看病している」という意識が皆無で、「父のことだから、きっと
 何とか家に帰れる」と最後まで思っていました。
 
 がん患者さん(特にターミナルの方)のご家族にとって、姉と私の看病体験が、ほんの少しでも
 ご参考になればと思います。
 
  
 
 ★ 食事介護 ★
 入院当時、父は食欲低下は言うに及ばず、筋力低下のため自分で箸を満足に持てない状態に
 ありました。モノを飲み込むノドの力も衰えていたため、入院食の基本は白粥+みじん切りの
 おかず。食事メニューは毎食工夫が凝らしてあり、味付けも程よく、料理が得意な姉も毎回
 しきりと感心したものです。
 
 入院後1週間ほどは、大きめのスプーンを使って、姉か私がひと口ずつ父の口に入れていました。
 食事自体◎だったのですが、同時に大切だと思ったのは、介護者による励ましの言葉です。
 毎回、姉と私は「うわあ〜、またまたおいしそぉ〜! ひと口ちょーだいっ!」などと言って、
 食事の美味しさをアピール。父自身も、「早く元気になって家に帰れるよう、残さず食べよう」と
 心がけてくれたようです。容態が悪化するまで、毎食頑張ってきれいに平らげてくれました。
 
 病院が入院時に支給してくれた、ビニール製のポケット付食事エプロンも役立ちました。
 当初は、「なんかねぇ、赤ちゃんみたい……」と若干抵抗感がありましたが、胸元のポッケに
 いざと言う時(=飲食物をこぼしてしまった時)助けられて、認識を改めた次第です。
 
 抗がん剤の効き目が現れ始め、徐々に自分でスプーンを持てるようになると、なるべく自分で
 食べるように促しました。ただ、握力が十分ではないため、寝巻きやベッドに飲食物がこぼれない
 よう、介護者が傍に付き添う必要がありました。
 
 食後は毎回、すぐに歯磨きをし、その後薬を服用するようにしました。
 
 病院は完全看護なので、毎食家族が付き添う必要性はなかったのですが、本人の気持ちを
 考え、姉と私は極力、交代で食事に付き添うよう心がけました。食事はとても大切ですから。
 私たちが食事介護の都合をつけられなかった時、毎週見舞いに来てくれていた叔父が代わりに
 介護をしてくれて、とても助かったこともあります。
 
  
 
 ★ 服  装 ★
 入院時は、上下に分かれたパジャマを持参しましたが、下着交換や身体拭きの時に不便と
 気づき、後日ガーゼ寝巻きに替えました。下着のシャツは、容態が悪化した6月(自分で身体を
 動かせなくなった状態)、姉が前開きに改造してくれました。シャツ前部の中央をチョキチョキ
 切り、切り端をバイヤステープでくるみ、数カ所にスナップを付けたデザインです。
 前開き式のシャツは着脱しやすく、とても便利です。
 
 ウールのガウンも持参しましたが、本人が歩けなかったし、季節が5〜6月ということもあり、
 使用しませんでした。ウールのカーディガンは、検査室への移動時などに着用しました。
 
 スリッパは2足用意する方が無難です。万一、汚れる可能性もあるので。
 
 尚、他の患者さん(歩き回れる方)の中には、オシャレなガウンやスリッパを着用していた方が
 いらして、ステキだなあと思いました。入院中はとかく気分が↓になりがちですが、自分らしさを
 出せる服装なら、気分も明るくなると思います。
 
  
 
 ★ 口腔乾燥ケア 
 症状が進行してしまった段階で、姉と私が最も悩んだのが口腔乾燥ケアでした。
 
 6月上旬には、顔面神経が麻痺して口が閉まらなくなってしまった上、唾液の分泌が滞りがちに
 なったため、私たちが適宜薬用リップクリームを唇に塗布し、唇の乾燥に気を付けていました。
 それでも乾燥状態が進行したので、18日頃看護師さんに相談。早速『口腔内用アズノール
 (潤いジェル)を唇に塗ってもらうことになりました。
 
 口腔に潤いを与えるため、ジャンボ綿棒に水を浸し、開いている口先に綿棒をそっと入れる処置も
 教えてもらいました。これは気を付けて行う必要があり、うっかり水を浸しすぎた綿棒を口腔に
 入れてしまうと、水滴がノドに滴ってしまい、窒息する恐れがあります。(ほとんどモノを飲み込め
 ない状態だったので、ノドに水が入ってしまうのは非常に危険でした。)とは言え、唾液の分泌も
 不十分な状態だったので、少しでも潤いをあげたいと思い、1日に数回、注意しながらこの
 ”潤い綿棒処置”を行いました。
 
 この頃、父は意識こそあったものの、痛みを訴えることは殆ど出来ませんでした。痛みを訴える
 ことは出来ずとも、唇や口腔が荒れれば、当然痛いはず。看護師さんによる毎日のマウスケアも
 とても痛そうでした。日によって痛みの感じ方にもかなり差があるようで、具合の悪い日は、
 唇にリップクリームを塗るのも嫌がりました。
 
 乾燥を食い止めたい一心で、23日には病室での使用が禁止されていた加湿器を持ち込みました。
 看護師さんが用意してくださった潤いジェルはスグレモノで、ヒビあれた唇に効果テキメンでしたが、
 24日頃になると、その効き目だけでは乾燥防止が不十分な状態になってしまったのです。
 その時点で、口が閉まらなくなってから3週間近く経過しており、口腔内の乾燥が急速に進行。
 抗がん剤の副作用もあり、唇、口腔、舌部の荒れと出血が目立つようになってしまいました。
 
 25日には口腔乾燥がさらに悪化。姉も私もオロオロしましたが、同日は日曜だったこともあり、
 有効な乾燥対策処置は行われませんでした。(父のような末期がんの場合、口腔乾燥が起きる
 のはごく一般的なことのようで、他の患者さんはひたすら耐えているようでした。)
 
 口の中が乾燥し切って出血しているのに、何もしないのは余りにも偲びなかったので、姉が看護師
 さんに相談の上、小さめに切ったガーゼに精製水を浸し、口先に置くという応急処置を取りました。
 
               ★           ★          ★
 
 翌26日、朝から何度も何人もの看護師さんに父の口腔乾燥の悪化を訴え、何とか処置を施して
 ほしいと頼み込みました。人工唾液も尋ねてみましたが、父の場合は「ノドに流れ落ちるのが危険
 と判断されるので出来ない」と言われました。でも、粘って処置を頼んだ甲斐があり、看護師長さん
 が夕方、歯科衛生士さんを伴って来室。この衛生士さんは、ちょうど口腔乾燥対策コースを
 受講中とのことで、さっそく父の口腔を診てくださいました。
 
 そして、『オーラルバランス』(ティーアンドケー製)というモイスチャライジングジェルと、
 『洗口液 絹水』(生化学工業製)という湿潤剤配合洗口液を勧めてくださいました。前者は、
 マウスケアの前後に口腔内に塗布するジェルで、潤いを与え、マウスケア時の痛みを緩和する
 働きがあります。後者はノンアルコールで刺激が殆どない洗口液で、マウスケア時に使用します
 が、液体なので、父のような病状の場合は、ノドに流れ落ちないよう十分注意する必要があります。
 
 両製品共に、医療行為時に使用するものなので、患者家族が使用するわけにはいきません。
 『絹水』は市販されていない製品で、医療機関しか入手出来ないようです。もし、現在ご家族が
 入院中で、父のように口腔乾燥に悩んでいらっしゃるのであれば、こうした医薬品の使用を、
 主治医にご相談なさるといいと思います。
 
 さらに、患者家族として大変有益だったのが、顔のマッサージを教えていただいたことです。
 父は顔面神経が麻痺状態にあり、唾液分泌も滞っていましたが、唾液腺のツボと口の周りの
 マッサージがとても有効
であることがよくわかりました。
 
 歯科衛生士さんによると、唾液腺のツボは両耳の付け根辺りから左右それぞれ、頬骨に向かって
 平行移動した地点、頬骨の外側付近にあります。素人には、正確な位置がわかりにくいものですが、
 ひと指し指と中指の2本の指を使って、その付近(頬骨の外側周辺)を優しくマッサージすれば
 よい、とのことでした。
 
 父は3週間もの間、口が閉まらない状態が続いていたため、口の周囲の筋肉もすっかり固くなって
 しまっていたのですが、口の周り、及び顎から頬骨の外側に向かって左右共に下から上へ、
 それぞれ優しくマッサージすると、驚くほど筋肉がほぐれました。
 
 口の周囲のマッサージは、2本の指でポン・ポン・ポンッと優しく押すように行います。顎から頬骨
 の外側に向かっては、1点ずつ小さな円を描くつもりで徐々に上部に向かってマッサージします。
 マッサージの回数は1日2〜3回、1回5分間以内、やり過ぎは禁物、とのことでした。
 
 歯科衛生士さんは、看護師長さんと私に説明しながら、ほんの3分間ぐらいマッサージを実演
 してみせてくださったのですが、あ〜らフシギ! あっという間に、それまでポカ〜ンと開いていた
 父の口が、ぐ〜んと閉まるようになったのです。上下の唇が合わさるほどには閉まりませんでし
 たが、口の開き方がずっと小さくなり、本人の負担も減ったことがはっきりわかりました。
 
 看護師長さんと歯科衛生士さんには、心から感謝しています。
 
  
 
 ★ 痰取り吸引ケア ★
 症状がかなり悪化した6月には、連日何回も、痰吸引装置を使って痰を取り除く必要があり
 ました。この処置は医療行為なので、患者家族が行うわけではありませんが、実は私は、
 父にとって苦しいはずの痰吸引処置を、申し訳ないと思いつつも、半ば楽しみにさえしていました。
 
 細い管を鼻及びノドの奥に入れる痰取り吸引は、患者にとってはとても苦しい、不快な処置です。
 でも、看病する家族にとっては、患者の握力を体感出来る格好の機会でもあるんです。
 
 私は痰吸引に初めて立ち会った時、看護師さんのおジャマになってはいけないと思い、ベッド
 から離れた位置で読書をしていました。ふと顔を上げると、父が看護師さんの腕を掴んでいるの
 を発見。父にしてみれば、痛くて思わず掴んでしまったのでしょう。私はギョッとして
 慌ててベッドの脇に飛んでいき、父の両手をしかと握りました。
 
 すると、伝わってきたのは、父の頼もしい手の力でした。思えば、成人してから此の方、父の手を
 握った覚えなんかありません。「おお〜、おとう! ちゃんと力強いんだねっ!」と、場違いな嬉しさ
 を覚えました。それからです、私が密かに、痰吸引を半ば楽しみにするようになったのは。
 
 毎回、父の両手をしっかり握りつつ、心の中で「よぉし、今日も力強いぞ。まだまだ大丈夫!」と
 思ったものです。父が旅立つ最期の日まで、私は父の手の力を感じることが出来ました。
 
                ★           ★          ★
 
 それから、患者の五感についてひと言。末期と言っても、往々にして患者の意識、特に聴覚は
 しっかりしているものです。(一般論として、五官の中で最初に衰えるのは視覚だそうですが、
 聴覚は最後までしっかりしています。)
 
 大切なのは、最後まで諦めずに患者に話しかけ続けること。例え返事は出来なくとも、励ましの
 言葉や優しい言葉は、患者にとって大きな励みになると思います。逆に、病室での無神経な発言
 (例: 葬儀準備や財産分与などの話題、「いつまでもつやら」「せいぜいあと○日間ぐらいだろう」
 という類の悲観的発言、患者の尊厳を傷つけるような発言)は、心して慎むべきです。
 
 病院あるいは医師によっては、同室者のいる病室(個室以外の病室)で、病気や症状などの
 説明をする場合もあるようですが、私は無神経な行為だと思います。
 
   
 
 ★ がんサプリメント ★
 健康ブームがすっかり定着した感のある現在、サプリメント情報も迷うほど豊富にありますね。
 父の悪性リンパ腫再発が判明した2005年8月末から9月にかけて、私は父の病気を治したい一心
 で、何度も書店へ足を運び、インターネットも検索しました。
 
 大手書店には”がん関連コーナー”が設けられており、様々な種類の書籍が並んでいます。
 中でも私は、がんサプリメントに関心がありました。病院治療は行っていたので、それ以外の、
 治療に有効と思われる方法として、サプリメントの服用を考えたのです。
 
 ところが、現在は”がんに良い”と言われるサプリメントが数多(あまた)あり、すっかり途方に
 暮れてしまいました。 結局、複数の医師が推薦していた、分子量が安定していて高品質
 という『畠中水溶性キトサン』が良さそうだと判断しました。推薦者の1人で、化学療法と複数の
 サプリメント服用を併用している某医師の、「サプリメントを選ぶ基準は品質もさることながら、
 高額過ぎないこと。宣伝が過剰でないこと」という言葉にも共感を覚えました。
 
 何であれ、効果の保証はありませんが、キトサンは体内の毒素排泄作用に優れているそうなので、
 少なくとも抗がん剤の副作用緩和は期待出来る、と思ったのです。かつて、健康オタクの元同僚が
 「今までいろいろなサプリを試したけど、キトサンが一番スゴい」と言っていたのも思い出しました。
 
 サプリメントであれ漢方薬であれ、身体に良さそうだと思えば喜んで服用する単純派の姉&私に
 対し、科学者だった父は、西洋医学以外は懐疑的に思うタイプ。いくら私がいいだろうと思っても、
 肝心の患者たる父が納得しなければ、服用してはもらえません。
 
 案の定、姉は反対しませんでしたが、父が飲む気になってくれるまで、2週間ぐらい待ちました。
 念のため、当時の主治医(大学病院血液内科)からも服用許可をもらいました。
 
 因みに、私が購入した製品(凝縮カプセルタイプ)は、1カ月分\54,000でした。
 (飲み方により、1カ月当たりのコストは変動します。)
 
 父の場合、果たしてこのサプリメントの効用がどの程度だったのか、率直に言ってナゾですが、
 私は「多少なりとも、抗がん剤の副作用緩和には役立っただろう」と信じています。
 
  
 
 ★ お役立ちグッズ ★
 父の入院時に役立った品を列挙します。
 
 ☆ふりかけ: 食事制限がない場合に限りますが、減塩タイプのふりかけを用意しておくと、
 おかずが物足りない時などに役立ちます。
 
 ☆ウェットティッシュ: 病院でも1日3回、食事前にウェットティッシュを支給してくれましたが、
 それとは別に、ボックスタイプのウェットティッシュを用意しておけば、食事時や排泄時など
 何かと重宝します。父のように抗がん剤の副作用(骨髄毒性)が現れた場合は、除菌・ノンアル
 コールタイプのものがいいと思います。
 
 ☆バスタオル: 自力でベッドから起き上がれない場合、検査などのためストレッチャーに乗って
 移動することがあります。ベッドからストレッチャーに身体を移す時、身体の下にバスタオルを
 敷くと、看護師さんたちが運びやすくなります。手拭きに使うフェイスタオルとは別に、バスタオルを
 1枚用意しておくと便利です。
 
 ☆テレフォンカード&100円硬貨: 患者家族は何かと電話をかける機会が多いので、
 携帯電話だけでなく公衆電話も多用しました。寝巻きは数枚用意しましたが、日によっては
 汚れる回数が多く、自宅での洗濯が間に合わなかったため、病院内のコインランドリーを利用
 しました。100円硬貨は、コインランドリーとドリンクの自販機に使用しました。
 
 ☆小分けした洗濯洗剤: ご家族数が多い場合は不要かもしれませんが、ウチは看病家族が
 2人で、時間的に洗濯出来ない日がありました。基本的には自宅で洗濯しましたが、寝巻きが
 頻繁に汚れてしまった時など、いざという時は病院のコインランドリー設備も重宝しました。
 院内での洗濯用に、空き容器に小分けした洗剤を用意しておくと便利です。
 
 ☆リキッドソープ(ハンド用、ボディ用)&リンス入りシャンプー: 父は、入浴が無理な状態
 だったため、看護師さんが定期的に身体の洗浄と洗髪を行ってくれました。このため、
 ボディソープ(リキッドタイプ)とシャンプーは必携品でした。ハンドソープは、家族が個室病室内
 の洗面所で使用しました。
 
 ☆プラスチック製マグカップ(複数): 1つは患者の歯磨き用、1つは介護人のドリンク用として、
 またお見舞い客が多い場合は、さらに予備のマグカップかお湯呑みを用意しておくと便利です。
 
 ☆イヤホーン: 個室だった緊急入院時には使用しませんでしたが、父が元気だった2005年
 1月の初回化学療法入院時は4人部屋だったため、TV視聴時にイヤホーンを利用しました。
 
  
 
 ★ ミニ日記 ★
 父が旅立つ前の2週間、2006年6月13日〜27日につけていたMy Diaryです。
 
 6月13日(火)
 朝7:30成田空港着、病院へ直行。病室へ入った途端、目を閉じ口を開けて横たわる父を見て
 就寝中 と誤解。脳神経が悪性細胞に冒され、顔面神経が麻痺したのだと知る。症状は予想
 以上に悪化、食事はひと口飲み込むのがやっとという状態。夜、主治医のB先生より病状説明。
 「大変厳しい状況です。1〜2カ月ぐらいだと思います」とのこと。でも、メゲんぞっ!
 今日は私の誕生日だったが、初めて家族から何も言われなかった。
 
 6月14日(水)
 内服薬を飲み込めないため、鼻腔チューブ挿入。薬によっては点滴に代替出来ないものも
 あるらしい。夜、膀胱カテーテルも装着。残念ながら、調子は良くなく、話も殆ど出来ず。
 
 6月15日(木) のち 
 朝、息苦しいと訴え。血中酸素濃度は96%と良好だったが、一時的措置として鼻腔に酸素チュー
 ブを挿入。髄注成功。昼前、S叔父来訪。叔父が来てくれたせいもあり、午後は調子がやや上向き
 になった。午後、姉が大学病院放射線科へ行き、放射線治療の望みが出て来た。
 姉サマ、ありがとっ!
 
 6月16日(金)
 血中酸素濃度が安定して95%以上あるため、酸素チューブは外された。身体に付ける管が
 増えていたので、1本でも減ると嬉しい。午後、インドネシア時代にお世話になったT先生と
 H先生が来訪。現職の両先生は、父の入院を知るや、仕事の都合をやりくりしてすぐに駆け
 つけてくださった。本当に有難いことだ。姉と私が知らなかった職場での父の素顔を知ることが
 出来たし、お話がメチャクチャ面白かった。
 
 父は話せなかったが、お2人が来てくださったことはわかってくれたと思う。私がお2人に、
 「失明してないのに目が開けられないのって、辛いと思うんです」と言った時、父が頷いたように
 見えた。やっぱり、意識はあるんだよね。
 
 夜7時、大学病院のA医師をアポなしで訪問、いろいろ話した。割り切れない思いだ……。
 
 6月17日(土) のち  のち 
 お見舞い客の多い、賑やかな1日。心なしか、父もやや好調だった感じ。昼前にS叔父、午後に父の
 高校の後輩で研究所時代の同僚だったK先生、夕方に姉の旧友S姉妹が来訪。S叔父とK先生は
 同窓ということもあり、故郷の話で盛り上がっていた。父は話は出来なかったが、K先生の手を
 握りながら「有難う」と言ってくれた。
 
 S姉妹は、困った時にいつもさり気ない気遣いを見せてくれる、とても有難い存在。明日が父の日
 のため、とてもキュートなぬいぐるみを持ってきてくれた。若い看護師さんたちも「きゃっ、
 かわいい!」を連発してくれた。姉は素晴らしい友人に恵まれたと思う。ありがとう!
 
 6月18日(日) のち 
 朝から不調で、がっかり。名古屋在住の父の旧友N先生が来訪。今日も会話は出来なかったが、
 旧知の仲であるN先生が来てくださり、父はとても嬉しかったのだと思う。頭を持ち上げようと
 したり腕を上げたりして、全身で気持ちを伝えようとしていたように感じた。N先生は父の手を
 握りながら、「顔つやもいいから、きっと回復なさいますよ。がんばってね!」と励ましてくださった。
 とても嬉しかった。
 
 ※余談だが、人を励ますのは、なかなか難しい。”がんばって”という言葉に抵抗感を感ずる人も
 多いようだ。姉と私も、普段は”がんばる”という言葉は余り使わない。患者さんやご家族の中
 には、「軽々しく”がんばって”なんて言わんでほしい」と思われる方も多いと思う。その気持ちは
 よくわかるつもりだ。でも、父は素直に、人からの励ましの言葉を受け止めていた。父は、実年齢
 に関係なく、そうした純粋な気持ちを持ち続けた人だった。そんな父の傍にいたから、私も自然に
 無理なく、”がんばって”という励ましの言葉を有難いと受け取められたのだと思う。
 
 6月19日(月) のち 
 朝8時、大学病院放射線科へ突撃、C先生に相談。昼前、S叔父来訪。大学病院とのやり取りを
 叔父に相談した。横浜から毎週何回も来てくれる叔父には、本当に頭が上がらない。
 午後、栄養剤点滴に備えてお湯を点滴。夕方、研究所時代の同僚Sさん来訪。とても懐かしかった。
 夜、期せずして大学病院血液内科のA先生から電話。その後、放射線科との話がどうなったのか、
 心配してわざわざ電話してくださった由。A先生が担当なさる患者さんの数は多いに違いないのに、
 転院した父を気にかけていただき、とても有難いことだと思う。3日前、A先生に対して怒った口調
 で話したことを反省。しみじみ、思いやりのある医師だと思った。
 
 6月20日(火)
 梅雨なのに晴れ日和で有難い。再度、お湯の点滴。午後に父の研究所時代の同僚Uさん、Oさん、
 夕方に同Y先生ご夫妻が来訪。現役でご多忙なのに、父の入院を知って駆けつけてくださった
 Y先生ご夫妻の気持ちが、本当に嬉しかった。Uさん、Oさんがそれぞれいらした時、私は大学
 病院放射線科へ父のMRI画像を持参していたため、お会い出来ず残念。大学病院へは無駄足に
 終わってしまった。トホホ…。夜7:20、夫がシンガポールより来日。前月に引き続いての来訪で、
 心強い。
 
 6月21日(水) のち 
 午前中、従姉のAちゃん夫妻来訪。父が病気になって以来、Aちゃんにもとてもお世話になって
 いる。Aちゃん夫妻はレストラン経営者で多忙なのに、時間を割いてくれて、本当に有難く思う。
 栄養剤の点滴実施。順調だったが、痰が増えてしまい、父が苦しむ痰取り吸引の回数が増えた。
 午後、夫と共に大学病院の血液内科A先生、放射線科C先生と面会。夫が同行してくれたので、
 心丈夫だった。夫は「大学病院へ転院し、放射線治療に挑戦しよう」と励ましてくれた。深く感謝。
 姉とも相談後、夜、入院先のB先生に転院手続きを依頼した。
 
 6月22日(木) のち  
 昼前、S叔父来訪。またまた髄注の日。父の体調が優れないので不安だったが、幸い成功。
 痰吸引処置の時、父の両手を握りながら「ごめんね、すぐ終わるよ。とても大事な処置だからね。
 これは身体にと〜ってもいいのよ」と話しかけたら、「痛いよ。いいことばっかり言って」と父に
 叱られてしまった。父には悪いが、叱られるのも、また嬉し! 意識が覚醒している証拠だから。
 夜、大学病院のA先生から姉の携帯に電話。明日、病院へ呼び出された。転院は無理、という
 ことだと思う。ひどく心が重い。疲れた。
 
 6月23日(金) のち 
 夫が来日後、初めて晴れた。午後2時、大学病院入院担当のD医師に面会。始めは我ながら
 荒れた気持ちだったが、お話を聞いて誤解が氷解した。超控えめな表現ながら、現場の医師
 の苦悩の一端を垣間見た思いがした。
 
 午後、姉が注文しておいてくれた加湿器が自宅に到着、病院へ持参。重かったが、夫のお陰で
 助かった! 特例として、病室での使用を認めていただく。
 
 6月24日(土)
 今回の帰国以来、食事介護がなくなってしまったため、何だかさびしい気分。父は意識が心もと
 ないながら、「調子、どう? まあまあ?」「痛い? 大丈夫?」などと話しかけると反応してくれる。
 調子がいい時は、介護してくれるスタッフに向かって「ご苦労さん。ありがとう」と言ってくれる。
 全身の倦怠感と、どことは言えぬ痛みでさぞ辛い状態だろうに、人への感謝の気持ちを忘れない
 父を誇らしく思う。人間って、こういう辛い状態の時にこそ、その人の本性が現れるのだと思う。
 何とか、持ちこたえてほしい。
 
 6月25日(日) のち 
 口腔乾燥が急速に進んでしまい、姉がひどく心配する。私は疲れてしまい、姉より先に夕方に
 帰宅してしまったことを反省。夜、自宅で姉から口腔乾燥悪化の話を聞いて心配になるが、
 何も出来ない自分がもどかしい。
 
 6月26日(月) のち 
 昨日の夜半から発熱、今朝いったん下がったが、その後再び39℃台に。心配だ。
 昼前にS叔父と従姉のKちゃん夫妻来訪。Kちゃんの夫は英語も中国語も話せるので、私の夫と
 会話をしてくれた。帰り際、父の手を握ってくれたKちゃんが、「とても力強く握ってくれたわよ」と
 喜んでくれた。ただ、Kちゃんの手を握った父が、涙を一筋流したのがとても気になる……。
 夕方、歯科衛生士さんが来室、口腔内乾燥対策と顔のマッサージ法を教えてくださった。
 明日から張り切ってマッサージしよう。ホントにありがとっ!
 
 6月27日(火) のち 
 夫が帰星予定だったため、早朝成田空港へ。チェックイン手続き後、姉から「至急病院へ戻って
 きて」との連絡。 夫のチェックイン荷物を取り戻し、慌てて病院へ。道中、電話にて「人工呼吸
 器を付けるかどうか、家族が決めなくてはならない」と姉から相談を受けたが、叔父の意見も聞いた
 上で、敢えて付けない選択をした。病室に到着すると、心電図モニターと酸素吸入器を装着した姿
 で父が横たわっていた。意識はさすがに朦朧としていたようだが、看護師さん達が処置のたびに
 「ごめんね、痛いね。ちょっとガマンしてね」などと話しかけてくださるのが、とても有難かった。
 S叔父一家、H先生、Aちゃん夫妻が続々と駆けつけてくれた。
 
 容態が落ち着いたかに見えた昼頃、何気なく父の足を触ってギョッ! すごく冷たい。看護師さんに
 さすってもいいかと尋ねると、「さすってあげれば、本人も気持ちいいでしょう」と言われたので、
 さっそく手足を握ったりさすったりして暖めることに。親戚と夫も交替で、せっせと暖めてくれた。
 夕方、父の右手を夫が、左手を私がそれぞれ握り、2人でお喋りをしていた時のこと。それまで
 フツーに会話をしていた夫が突然黙り込んだ。「で、どうなったの?」と話の先を促した私は、顔を
 上げてびっくり。俯いた夫の横顔に、すーっと涙がひとすじ……。必死に涙をこらえる(でも目から
 は大粒の涙がひとつ、またひとつ…)夫の姿を見て、私も初めて病室で涙を流した。
 
 主治医のB医師からは「今夜がヤマです」と言われていたが、脈拍も呼吸も安定していたため、
 土壇場まで「何とかこのまま数日持ちこたえてくれるかも」と淡い期待を抱き続けた。
 結局、夜10時23分、家族と親戚が見守る中、父は静かに旅立った。父の顔は驚くほど穏やかで
 優しく、まるで、いい夢を見ながら寝ているようだった。
 今までありがとう、また会おうね!
 
 ※後日談: 父が亡くなって1カ月後、夫は、父の病室で涙を流した時の心境を教えてくれた。
 因みに、夫は6年前、実父(私の義父)を突然死で亡くしているが、その時すら泣かなかった。
 「どうしてと尋ねられると困っちゃうんだけど、あの時突然、キミとお姉さんの気持ちが痛いほど
 わかったんだ。迫りくる別れの悲しみに必死に耐えていた気持ち、例えようのない心の痛みがね…。
 ヘンだよね、ボクは自分の父親が亡くなった時ですら泣かなかったくせに。血縁云々は関係
 ないんだよ、この痛みって」。言葉に出さなくとも、涙は見せずとも、気持ちは通じていたらしい。
 
                             
 
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   役立ったら嬉しいにゃ!
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 お粗末ですが、楽しんでにゃ!
 

 今でこそ 
    重量横綱
      元は痩せ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 手の平に 
   乗った子猫が
       早おやじ

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 この匂い
   まごうことなき
     我がピーか?!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 猫ボール
   どこでもOK
     即寝れる

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 入院猫 
    帰りたいのと
       ダダをこね

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 こりゃうまい 
   たまには花も
      おいしいにゃ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 こりゃたまらん 
   明日もちょーだい
      濃厚乳


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ちょい失礼 
   うっかり鈴を
      落としただ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ノラ稼業 
   7年経っても 
     キレイだしょ?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 じゃあまたにゃ
   無言の了解
     これぞ猫

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 大切な
   日々のお仕事
     すわ昼寝

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

寝顔天使 
   起きるとギャング
      二重仮面